セーケのほぼ毎日コラム

リアルなバーチャル  バーチャルなリアル。

 マンガのヒットパターンの王道は、何をやってもダメなのだが、ある特定の分野だけとんでもなく秀でていて、時々子供のようにお茶目になり、好かれる要素を持った男が主人公として設定される。で、その周辺にそれぞれの世界で群を抜く頭や腕っ節の仲間が増えていき、仲間たちと困難を克服し、また仲間が増えるというパターンだ。幽遊白書、ワンピース、ハンター×ハンターがこのパターンとなる。

 第二のパターンはスットボケた主人公が日常の中で織りなす「あるある」を拾ってきたものとなり、第三のパターンは壮大そうに見える背景設定を行い、その実は縄張り争いの喧嘩のようなものとなる。

 一方、テビドラマはちょっと違う。マンガがバーチャルを描きながらリアルを想像させるのに対し、とにかくリアルな事象をネタにリアルに描こうとしている。ところが、科捜研も経費と認めないも、半沢直樹も下町ロケットも、弱いものが頑張って強いものを退けていく銭形平次や水戸黄門、いや、それ以前からあった舞台演劇以来受け継がれてきた勧善懲悪のままだ。笑い、事件、努力、涙、笑いのパターンだ。例えば半沢直樹。脚本のストーリーだけを見ればさほど面白くもない。これは下町ロケットも2時間ドラマも同じだ。このコンテポラリーすぎるストーリーに躍動感を与えているのが役者の力だ。なので、ワンパターン演技の俳優には荷が重すぎてしまう。

 言い換えるなら、リアルなストーリーは面白くはなく、役者の演技というバーチャル性が加わることで感動にも似た時間が構成されるわけだ。

 ところが、稀に素っ頓狂なドラマが登場する。それが『ルパンの娘』だ。まあ、日本のドラマらしく、主人公が普通の生活と泥棒の間で悩むのだが、これは視聴者対策のようなものだろう。しかし、そうした「よくある話」も、バカバカしいほど荒唐無稽な世界に飲み込まれてしまう。主演は深田恭子なのだが、彼女の作品は下妻物語以来バカバカしさの中にある。それでいて、バカバカしくない深田恭子が確立されているのだから、並みのアイドル上がりのタレントでは太刀打ちできそうにない。

 同じように素っ頓狂なのが、『聖⭐︎お兄さん』さんだ。休暇を取ったブッダとキリストが立川のボロアパートでで共同生活を送るマンガだ。そもそも、この二者が共同生活という発想自体が世界に衝撃を与えてしまった。それでいて、親近感がわくストーリーに引き込まれ、いつしか頬が緩んでしまっている。

 この両者に共通しているのが、バーチャルなリアルだ。役者にバーチャル演技に頼り切る旧来型をリアルなバーチャルとするなら、バーチャルなリアルこそ、これからの切り口なのだと思う。なにより飽きないという普遍性があるのだと思う。