セーケのほぼ毎日コラム

SNS言葉。

「抹殺してください」日常的にほぼ使わないというか一生を通じて使うことがない言葉がSNSの中にあふれている。実名の投稿であっても、かなり攻撃的な言葉を使う人が多い。

 ネットワーク上に政治から趣味、日常生活から災害、暴力から助け合いまであらゆる情報が浮かんでいる。それをSNSなどを媒介にして知ることもできる。それ自体は悪いことではないし、とても便利な時代になったものだと思う。

 情報を探るだけではない。SNSを通して自らの考え方や趣味を放送することもできる。個人意見の発信が電車やトイレの中からサクッとできるのだ。印刷物であれテレビなどの電話媒体であれ、こうした発信を行うのはハードルが高かった。それが手軽にできるのだから、文明の利器というものはすごい。

 ただ、そこで不快なものに出くわすことがある。ある事件を起こした者に対し、「抹殺」というようなかなり厳しい言葉が吐かれるのだ。「抹殺」だよ。誰もが反対をするホロコーストと同じ考え方だよ。

 そのホロコーストについて、ナチスはドイツ国内のユダヤ人を迫害と追放の計画を立てていたのは事実。ところが、ポーランドなどを占領によってユダヤ人を抱え込むことになってしまった。そこで、ポーランドのゲットーへの収容やソ連東部に送ってしまうことを考えていたが、ソ連と戦争になり計画は頓挫。で、強制労働やガスを用いた間引きを組織的に行い始めた。ところが、公式な法律が公布されておらず、したがって担当官庁もなく、予算処置もされていなかった。それなのに「組織的」に抹殺が行われたのだ。

 これと似たようなことがSNS上で、集団心理的に、正義を振りかざす、正当な意見として表現されているのだ。そこには。ある事件に対する「何故」は希薄だ。とにかく叩く投稿をすることで社会的に「正しい」存在としての自分を確認しているようだ。これは怖いことだ。でも、魔女狩りしかり。異教徒狩りしかり。村八分しかり。人類の特徴なのかもしれない。

 僕のまわりでこうした言葉を書き込む人に共通しているのは、普段はおとなしく自制的な生活を送っているか仕事が成功して食べることに困らなくなった人たちだ。キレることキレる人を嫌う人たちだ。そうした常識人がSNS上では極端に触れることが多い。これはネットワーク時代の弊害ではなかろうか。対他関係が歪になっている。

 少しだけ、厳しい言葉を使うことをやめようよ。SNS上の発言は、間違えたら簡単に削除したり訂正をすることができるゆえに話半分とされている。だからSNS上では言葉で叩かれても傷はつかない。だからと言って、厳しい言葉を投げつけていいというものでもなかろう?