セーケのほぼ毎日コラム

ジャーナリストて何だろう。

かつて評論家の◯◯です。と、よく事務所に電話がかかってきていた。

その都度、笑ってしまった。

だって、人様が懸命に創りあげたものを良いだの悪いだのと言うんだぜ。その傲慢さに笑っちゃっうよ。

そして、自らを神のごとくの職業だなんて、僕には言えないよ。

 

また、モータージャーナリストの◯◯です。という電話もかかってきていた。

ジャーナリストとはまた大上段に振りかぶったものだ。

ググってみると『モータージャーナリスト、自動車評論とは、自動車について批評することである』とある。

なんだか堂々巡りのような解説なのだが、そもそもジャーナリズムというものが難しいのだから仕方がない。

僕が20代の転向時にたどり着いたのは

  ジャーナリストは真実のみを報道し、

  抑圧された人民の最終形態は武装闘争であり、

  ジャーナリズムの最良形態は武装闘争である。

というものだった。

 

この真実のみを報道するという姿勢は、じつは難しい。

まるで潜入捜査のような危険を伴うこともある。

そして、それは、常に抑圧された人民の側に立ち、抑圧を解き放つ武器となる。

ただ、写真を撮り、状況を伝えるだけなら、それはそれで危険を伴うのだが、

それはジャーナリストではなくレポーターだ。

僕がこれを思い描いてから時間がずいぶん経った。

当時の状況を現在に単純に当てはめることはできない。抑圧された人民なんて死語に近い。

でも、国と世界の意思を確かめ、僕たちと僕たちの子孫が生き残るために

真実を報道することに意味はあると思う。

 

それは権力監視などというものではない。

繰り返しになるが、国家と世界の意思をキャッチし、その発生源に迫ることこそ

ジャーナリズムであり、ジャーナリストであると思う。

では、モータージャーナリストとは何だろうか。何に迫っているのだろうか。

簡単な例では、グローバルサプライチェーンの時代でありながら、新潟地震の際に

ピストンリングの生産が集中していた会社がやられた。

困ったトヨタのコメントや応援の人を出した自動車メーカーが美談のようにニュースで流された。

誰もこの製造会社を糾弾しなかったし、一曲集中発注していた自動車メーカーを問わなかった。

そもそも、自動車は製造材料、製造機器、製品技術の集大成だと言われながら、

そのラインすら知らないジャーナリストがほとんどだ。

そして、ターンパイクを30分ほど走り、製品の優劣を論じる。

そこに、はたして『真実のみを報道し』という姿勢と内容はあるのだろうか。

だから、僕は自分が創る自動車雑誌を業界誌だと思っている。

時に広告を掲載してもらうために業界ゴロにもなる。

とてもじゃないが、ジャーナリズムなどと呼ぶことなんてできないよ。

内容は、まさにインプレッションで、極めて感覚的な、

ジャーナリズムの追求とは真逆のものだからね。

 

技術情報にしてもそう。どうやって直すなんて、メカニックに任せておけば良い。

そうした情報は技術情報ではなく、整備の手引きだ。

だから、僕はせめてそのクルマ固有の運動性に関わる情報に触れたいと思っている。

で、ここで問題。

クルマの雑誌やウェブマガジンで真実を追求した情報を読みたい人がいるのだろうかだ。

あの大人気だったBBCのTOP GEAR だって、クルマをモチーフにしたバラエティ番組だ。

SPEEDHUNTERSだってジャーナリズムだなんて言っていない。

世界中のクルマ好きの若者に向けコンテンツを提供するものだと規定している。

 

ボヤキが多くなってしまった。

自動車雑誌やウェブマガジンにジャーナリズムは存在しない。

したがって、ジャーナリストも存在し得ない。