idlers club 日本アイドラーズクラブ
about idlers  

アイドラーズクラブとは

 ポルシェ系のクラブやショップ、ミニのオーナーズクラブやショップアソシエーション、さらに、アルファ、アバルト、フィアット、スーパーセヴン、フォーミュラカー、ホンダSなどのショップやクラブの協力と、クラブにもショップにも関係しない個人も参加し、全員で企画していく団体がアイドラーズクラブ。たまたま、いくつかの既存のイベントへの参加者もいるけれど、そうした既存イベントを否定するものではないし、同時に、彼らから否定されるものでもありません。我々は、我々としてのみ存在します。ちなみに、アイドラーとは、idler=なまけもの、暇人の意味。イギリスのドッグクラブのノリでありたいな。と思っています。その我々が行うのは「運動会」。「大人の少年の日」をクルマで楽しむのです。そこで優先されるのは、クルマ趣味の視線と自己による責任感なのです。

我々の「サーキットイベント」は、既存のレースヒエラルキーの外にいます

 N1からGTまで、公認レースの主催者/団体は、レース人口の底辺の拡大をいう。我々のような存在をそのように位置づけています。しかし、第1回日本グランプリ以来30年以上も経つというのに、いまだに底辺の拡大を必要としていることこそ問題なのではないだろうか。その彼らが、様々なワンメイクレースやイベントを企画している。このことは歓迎すべきことではあるが、我々のような「素人」が考えるものまで同様に思われては困ります。むしろ、我々でもできる程度の草レースを「公認」された団体が行い、また、我々のような存在へのある種の中傷を行うことの方が問題であり、哀しいことではないでしょうか。我々は、彼らのヒエラルキーの底辺を支えていくつもりはない。むしろ、ヒエラルキーの外にいると思っていただきたい。我々は、我々自身のためのみに様々なイベントを企画するのである。しかし、その参加者が、別の世界である既存のレース界へと向かうかもしれない。したがって、我々のイベントを妨害することは無意味であり、むしろ、彼らのいう底辺の拡大に逆行するのではないだろうか。また、サーキット各社は、こうした2つの構造を見極めるべきであり、我々にも充分な門戸を開いて欲しい。

我々のイベント内容と考え方について

 我々のキーワードは、我々自身がエントラントであるという1点に集約されます。日常の中のちょっと心の躍る日というのがイベントの趣旨なのです。だから、「大人の少年の日」「運動会」と名付けているのです。ごく普通のクルマ趣味の人が日常的に想像できる範囲で、エントリー料や車輌が設定されているのです。
 入門と言われるN1でさえ、年に1000万円以上の運営予算が必要という。我々シロートは、年数戦のイベントのためにのみ何千万も車輌や運営につぎ込むことはできません。2001年に開催されたポルシェGT3によるカレラカップも予算が2億円という。これはエントリー料はもちろん、20台の車輌販売と1億円のスポンサーサポートを求めるそうである。車輌管理は個人。ポルシェ・ジャパンが行うことはマーキーサービスとレースクイーンの手配である。これら20台のイベントをGT選手権の前座として設定したいとのこと。しかし、なぜ2億円なのだろう。聞くところによれば、複数の「レース関係者」が介在するという。事ほど左様に、比較的我々に近いワンメイクレースでさえ、ある種の利権構造になっていることを否定できないのです。我々のイベントは参加者のものです。本職の方々が思うような車輌に対するストレートな広告効果を持たせるつもりはありません。
 そもそも、レースというものが、そのコストに見合った効果を未だに持つのであろうか。スポンサーを求めるならば、ここを解決しておく必要があるのではなかろうか。クルマを通した企業や製品のブランディングは、もっと違う形なのか、もっと大規模なものであるのか、既存のレース関係者ははっきりとさせねばならない時代なのではないでしょうか。一方でクルマの楽しさを説き、一方でイベントそのものを多岐ににわたる人々の利権構造として考えることに無理がきているのだと思います。我々は、高額なエントリー料金を課そうと思わないし、できない。我々は素人なのです。それぞれのエントラントの興味と予算に合わせた車輌によることが大切であると考えています。また、シロートは本職の人とは違った考え方を持ち続けたいと思うのです。
 我々は、我々がして欲しいことを、まず提供しようと考えている。「大人の少年の日」「GAMES」のコンセプトは、サービスです。ストレートな広告効果は持ちません。しかし、我々のような自然発生型のイベントを育て、日常的なオピニオンを構成することこそ大切ではないでしょうか。
 本職の方々のいう「底辺の拡大」とは、車輌によってはなされないのだと思います。もし、車輌に依存するならば、エンターテイメントに徹底した姿を見せるべきでしょう。全ては、車輌によってではなく、「人」によってなされるのだと思うのです。
 また、我々をサポートすることに異議を唱える公認クラブもありますが、そうであるならば、彼らは、なぜ、ルマンに異議を申し立てないのでしょうか。茂木において開催される、CARTに異議を唱えないのでしょうか。この不徹底さは、まさしく自己の利権のためとしか思えない。
 我々のエントラントたちは、我々のイベントを続けろと事務局に言ってくる。これが財産なのだ。

安全について

 公認レースの主催者は、素人は安全に気を配らないという。確かにそうしたイベントも見受けられます。我々はスタッフ運営にレース経験の豊富なオフィシャルを依頼し、さらに、イベントの趣旨を徹底し、それでも理解しない方の参加は、残念ながらお断りしています。現在ほとんどの方の理解は得られており、「アイドラーズ・ルール」と言われ浸透してきました。また、「日本アイドラーズクラブ保険」を設定し、会費の積み立ての無い分、保険会社に協力していただき、各エントラントに加入していただいています。
 一部のマスコミの方が、素人で何か事故が起こった場合、サーキット運営団体にも責任がある、というような発言をされていますが、こうした考え方そのものがモータースポーツを萎縮させてしまいます。サーキットは、設備と空間を提供することがビジネスであり、コースの保全不備による事故でない限り、責任はありません。例えば、遊園地で転んで足を折ったとしても、それは本人の問題なのですよね。
 我々は、このことについても徹底しています。GAMESに参加する一人ひとりの自主性が全てに優先するのです。つまり、責任の所在は、本人ということなのです。
 もちろん、エントラントがイベントを楽しむために必要な運営・処置はとっています。

みんながアイドラーズ

 スモールサーキットの運動会から始まって今年で約10年以上。ここ4年ほど筑波サーキットを中心に年数回のGAMESを開催。常時200台以上の参加を得ています。
 1998年からミニフリーク誌が協賛するかたちでミニの耐久やスプリント、ルーキー対象の運動会をシリーズ・スケジュールの中に設定してきました。1999年からは911Magazine誌の協賛により、930cuptや9cup、Supercupを用意。クラスに毎回それぞれフルグリット30台に近いエントリーがあります。2000年7月2日には、茂木でPorshedayも開催。毎年行おうと思っています。
 世界発のミニ6時間耐久を1999年4月15日に開催。2000年には、あいにくの天候ながら、約40台/200人のドライバーとその倍以上のチームスタッフによる 7時間耐久も大成功。毎年1年づつ延長していこうと思います。
 これに刺激されたのか、様々な車輌のエントラントから、自分たちのクラスでも耐久をしようという意見が寄せられ、4月29日、S&M/A&L90分耐久を開催。こちらも30台/80人のドライバーとその倍以上のチームスタッフが参加し、大成功をおさめました。もちろん、S&M、A&L、FR/Gという参加しやすく、走って楽しいクラスも大きく盛り上がっているということはいうまでもありません。さらにF&7というフォーミュラのクラスも見ごたえ充分。
 これら全てのクラスのみんながアイドラーズです。事務局は、ただの事務局。主役は我々エントラントです/idlersMeeting大運動会は、これからも我々一人一人の楽しさを求めたイベントであり続けたいと思います。