

スーパーカーブームを小学生の時期に体験し、マンガに登場する
ポルシェに恋焦がれたのがきっかけで約30年間ポルシェファンをし
ている僕。バブル経済崩壊をチャンスに、ポルシェとは何たるもの
やも知らず914を二十歳で購入。これ、大失敗。憧れと価格の安さ
に飛びついた。諸費用込みで50万円ポッキリ。当時の給料、約3、5
ヶ月分の価格だったから、貯金を切り崩し、貯金箱を壊して丸裸状
態で購入したもんだから、維持費の概念すらなし。恋は盲目状態で
購入したから、コンディションはよくあるパターンの最悪具合。仲
の良い整備工場も知らないズブの素人。親の知り合いの国産車メイ
ンの整備工場を頼ってクルマをチェックしてもらうと、不具合箇所
が出るわ出るわのオンパレード。若干二十歳の若造には、メカニッ
クからの忠告が胸に刺さり、目まいと吐き気を催し泣く泣く3ヶ月
で914とおさらばしたのがポルシェオーナーとしてのはじめ。夢の
ポルシェとは、こんな物だったのかと落胆した苦い出会いだった。
そんな輸入車生活とスーパーカー小僧だった経験から、当時輸入
車専門地方誌の創刊メンバーとして抜擢された。それから仕事に託
けて、ポルシェショップの方々と知り合い、ポルシェオーナーの先
輩方々とも親交を深めることに成功。これ幸いに、911の助手席に
乗せてもらう機会やポルシェの広報車にも乗れるチャンスをゲット。
夢のポルシェの思いを忘れずに、日々悶々とポルシェ乗りたい病に
身体が犯されていった。そんな時、ポルシェショップのスタッフか
ら911購入の誘いを受ける。ポルシェ乗りたい病には勝てない僕。
頭金なしのフルローンで93年1月に78年式の911SCスポルトマチ
ックを購入。半年足らずで、マニュアルポルシェが欲しくなり、同
年末84年式カレラを購入。夢にまで見たポルシェライフを満喫。
そう、この短期間のポルシェにまつわる出来事を雑誌にしよう。
世間体を気にする親に、仕事だからポルシェに乗っているんだと言
える材料にしようと懸命に地方出版社から、全国誌創刊に向けて活
動。めでたく翌年94年の2月、ポルシェ専門誌の発売に漕ぎ着ける。
号数を重ねるたびに新しい発見や知識が自分自身にも付いてきた。
ますますポルシェ道にハマり、メンテナンスの仕方から運転のイロ
ハ、関連ポルシェグッズなどなどとポルシェが生活の中心。まさに
バラ色人生。
サーキット走行に目覚めたのは、ポルシェ歴2〜3年ほど経った頃
からか。バラ色のポルシェライフが送れるほどの極上ポルシェを、
公道で腕のなさが原因でつぶす。懲りずに、予算の関係からボロの
2台目84カレラを購入。仕上げる内に、サーキット仕様へ変身。こ
れが、01年まで所有したオレンジ号。全国のサーキットを走り回
った。ある時、930だけでレースがしたいと思い、誌面を使って募
集。アイドラーズクラブが名乗りを上げてくれて930カップが実現。
サーキット走行熱もヒートアップ。毎週末にはサーキットに出かけ
せっせと腕を磨く。そうこうしてる内に、安月給を補う借金もマッ
クスでオレンジ号を手放す。
現在は、13万km強の走行を刻んだほとんどノーマルな編集部
964カレラ2を通勤から高速クルージング、そしてアイドラーズ
運動会に参加という風に使っている。もちろん、愛車として911
スピードスターも気分によってはガレージから引っ張り出し乗っ
ている。やっぱり、ポルシェが大好きなのは今も昔も変わらない。
ジャパンポルシェディは、0回からスタートだから、今年で6回
目。手書きの宣伝文句を書いたTシャツで編集部一同で新しいポル
シェ専門誌を立ち上げると告知してから5年が経った。僕のポルシ
ェ病はポルシェオーナーとなりポルシェ専門誌を創って11年を過
ぎても完治せず。おかげさまで、「911デイズ」も5周年。
ありがとう。
